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My-DepResSion-PurSued.

私とうつ病について出来る限り掘り下げていきます。
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うつの経過 4
2005/10/27
鬱状態という診断名を聞いて私は驚いた。
もしかしたら・・とは思っていたけれど、心の準備がまったくできていなかったから。
妊娠を希望していたので抗鬱剤を内服することに戸惑いがあったが、環境を回避できなければ状態は悪化する一方だろうと考え、主治医の提案を受け入れることにした。
トレドミン25mg2錠/日(抗鬱剤:SNRI)を開始する。
開始後翌日より、吐き気・眩暈・食欲低下と副作用が出現する。
7/12~16
母が休息をとるため実家に帰ることになり、妹が我が家に滞在する。
妹夫婦が離れて生活したのはこれがはじめてで、この頃から妹の旦那の発言に矛盾点が目立つようになり、妹と母はその度に混乱し妹の旦那を信じることができなくなっていった。
私はどんなに矛盾点が目立っても中立の立場を守ろうと決める。
自己犠牲の精神のせいで、妹・母と、妹の旦那の間に挟まれ、更に自分にストレスをかけていった。

以下、日記より。

7/15(金)〔2回目の受診日〕
一週間で体重が4kg減った。眩暈つよい。
食欲なく、妹とともに必死に3食とる。
体重が減ったことをDrに伝え、トレドミンが3錠に増える。
断っていた安定剤・眠剤を依頼し開始する。

7/16(土)
両親が上京、旦那と共に妹宅へいく。
到着したところ、母が旦那に寄りかかり泣き崩れる。
何事かと家に入ると、妹がパニックを起こし、妹の旦那は表情を強張らせている。
旦那の一言に妹がパニックを起こしたらしかった。
妹が旦那の言動で繰り返しパニックを起こしてしまうこと、母が疲れていることから、実家に帰って療養する案について3組の夫婦で話し合う。
妹の旦那はうつむき、黙ったままピクリとも動かず、返事ができないでいた。
そしてかなりの時間がたった(ように感じた)あと、
「ここにいるみんなが自分に対して責任を放棄したと思わないのであれば、連れて帰ってもらっていい。」
と言った。
この言葉に妹は激怒しこれまでで最大のパニックを起こす。
「この期に及んで自分のことしか考えていないのか!殺してやる!!!」とものすごい勢いで旦那を攻撃する妹を父と母が泣きながら押さえつける。
妹の旦那はそれでもピクリとも動かず、私たち夫婦は呆然と立ち尽くす。
私は「こんな台詞、現実で聞くと思わなかった」と思い、まるでドラマをみているような感覚に陥った。
もう限界だった。

7/17(日)
とりあえずの荷物をまとめ、妹は家を出る。
30日に実家に帰るまでの間、我が家に滞在することになる。


この頃の私は、抗鬱剤の副作用のため精神的にも身体的にも無理がきかなくなり、それまで自分で気づいていなかった鬱の症状の出現に苦しんでいた。
力を振り絞ればなんとか外出ができる程度の活動力は残っていたが、外出翌日の疲労感があまりにひどく感情のコントロール力も失ってしまうので、怖くて引きこもるようになる。
集中力も低下し、洗濯以外の家事ができなくなる。
ほとんど眠れない日々が続き、悪夢で泣き叫んで起きる。

それでも激鬱で寝たきりになることはなかったので私の鬱は軽いほうだ。
軽くてあの辛さだったら、重症鬱はどんなに辛いのだろうか。
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