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My-DepResSion-PurSued.

私とうつ病について出来る限り掘り下げていきます。
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うつの経過 3
2005/10/18
ここから2週間の記録はなかなか書く気になれないが、気持ちを奮い立たせて書くことにする。

6/26(日)
妹が旦那とのすれ違い・口論ののち、パニックと不安から逃れ眠るために安定剤・睡眠薬を多量に内服してしまう。
自殺をするつもりはなく、なんとか落ち着きたかったのだという。命に別状はなく、数時間の自立歩行困難・軽い昏睡で済む。
夜中にチャットで本人から経緯を聞く。
私はかなり混乱したがここで慌ててはいけないと、「あーあ。馬鹿だねぇ」と一度笑い飛ばしたあと「もう二度とやるんじゃない」と本気で叱る。

6/27(月)
予定をキャンセルし妹宅に行く。
出発前に友人に電話で経緯を話し、「いまは私は元気だけど、そのうち駄目になるかもしれないから、少しでもおかしかったら指摘してね。」とお願いをする。友人は私がすでに「おかしい」状態だと気づいていたのだろうが、ただ「わかった。無理はするな。」とだけ言って送り出してくれた。

6/28(火)
妹の受診日。ひとりでは不安だというので、診察に付き合う。私も妹についていなければ不安で仕方なかった。
主治医より、入院をすすめられる。
妹は入院はしたくないと落ち込む。母は「こんなに頑張って看病しているのに、なぜ入院なんてひどいことをいうのだろう」と自分を責める。旦那は「入院させることで自分が責任を放棄することになるのでは」と自宅療養を望む。
私はこの時点で、すぐにでも入院をするべきだと考えていたが、誰にも言わなかった。

6/29(木)
自宅へ戻る。胃痛が激しく、胃薬が手放せなくなる。
睡眠パターンは崩れ、自宅では毎日パニックを起こし泣き叫ぶようになる。

7/2(土)
再度妹宅へ。父が上京し、入院について話し合う。妹の希望を尊重して、入院は断ることになる。
家族全員、なにか疲れていて意思疎通が図れなくなってきていた。

7/3(日)
自宅へ戻る。胃痛・パニック・不眠が続く。これよりも以前に2回胃カメラをのんでいたが胃には炎症もみられず原因不明と診断されていたので、精神的なストレスが原因と考え自ら心療内科を予約する。
 
7/5(火)
妹受診日。自分も一緒に診察に入らなければという軽い強迫観念があり、再度妹宅を訪れる。入院はお断りする。

7/6(水)
妹の旦那が主治医に会い、自宅での様子などを話す。この日もまた同席する。

妹のパニック。母の自責の念。妹の旦那の混乱。
この時期3人での生活は限界に達していて、皆が自分を相手を責めていた。
私がどうにかしなければ、もう私しか力になれるひとはいない、私が解決するんだと、自分の力量を過信し行動しつづけた。
どんなに私が頑張っても、問題は解決するはずもなく、ますます深刻になり、解決されないことに私はさらに責任を感じる。
この悪循環の中で、私にも過剰なストレスがかかっていった。

そして7/8(金)心療内科受診。
ついに私自身も鬱状態と診断され、ストレスとなる環境から逃れることは不可能という理由から抗鬱剤を処方される。
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