My-DepResSion-PurSued.

私とうつ病について出来る限り掘り下げていきます。
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うつの経過 1
2005/10/14
振り返ると去年の9月、2人で暮らしていた妹が中等度の鬱病だと診断されたころから、私にも何かの異変が起こっていた。自分のことに精一杯で妹を介護することも気遣ってやることもできなかった。そんな自分を逃げていると感じ、責めていた。

11月、初めての過呼吸。母親との些細な言い合いの際自分に余裕が無くて母親にひどいことを言ったことへの罪悪感と、仕事にいく時間が迫っていたことと、自分の気持ちの動揺にどう対処していいのかわからないことと、すべてが重なって苦しくなってしまった。

12月、妹が結婚し家を出たことをきっかけに、私も旦那と新居での生活をはじめる。同時に職場を結婚退職。専業主婦となる。

父の転勤で小学校6年の秋に和歌山県から東京都に引越しをしたときから、自分の居場所である『家』を変えることにひとより過剰に反応するようになった。旦那との新しい生活に慣れるにもやはり時間がかかることを予測していたし、事実短い期間だったが混乱もあった。

1月~3月、自分たちの結婚式の準備に追われる。慣れない主婦業も自分なりに楽しんで、少しずつ自分たちの生活が形になることに喜びを感じていた。仕事を辞めて時間が出来たので、今まで忙しくて会えなかった友達にも会うようになった。
自分の忙しさにかまけて妹の鬱病の進行に気づかないまま時が過ぎた。

4月、結婚式。満面の笑顔での一日。楽しくてうれしくて幸せであたたかくて。家族にも友人にも感謝でいっぱい。

この結婚式の翌日から、やっと家族で妹の鬱病に向き合うようになる。
クリニックを変えて受診させたところ、重度の鬱病。私の気づかないところで妹は強い希死念慮と闘いながら、新婚生活を必死に守るかのように生きていた。そんな妹が痛々しく、妹の苦しみに気づけずにいたことが悔しく、自分が情けないと感じた。
急遽大阪から上京した母が妹夫婦と同居し妹の世話をすることになる。

この4月にはじめて私は日記をつけている。

*4/15* 
3日間妹の家にいた。重度の鬱病。とにかく生きていてくれさえすればと思う。妹をひとりにするのが怖い。母も妹の旦那も私もつぶれないようにしなければ。
私の情緒不安定を心配して、妹がソラナックス(安定剤)をくれる。 飲んでみたところ眠りこけてしまった。
最近眠りが少し浅い。

*4/27*
この2週間で自分の心の動きが少しみえた。
妹に会いに行くととても安心する。
でも心配も強くて、もともとの自分の性格から余計なことを言いやしないかとどこかで力が働いている。
家に帰ってくると、不安定になる。その日は眠りが浅く翌日の昼過ぎまでウトウトとし、一日を鬱々と過ごす。
翌々日からは元気。少しパニックになりやすいけれど大丈夫だろう。
このまま元気でいよう。

私はこの時点ですでに、妹を心配するあまり自分の目で様子を確認していなければ安心できない、妹の気持ちに同調して自分の気持ちが置き去りになっている、という状況にあったのだ。
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